ざっくり言うと
・責任ある事業者を「適格事業者」として認定し、手続き・運用面での優遇措置を提供。
・FIT/FIP終了後の事業継続と再エネ主力電源化の実現を後押しするもの。
はじめに
今回は「長期安定適格太陽光発電事業者制度」について説明していきます。
2025年4月、経済産業省は「長期安定適格太陽光発電事業者制度」を新設しました。
詳細について以下で説明していきますが、併せて2024年11月28日付けのエネ庁の説明資料や、同庁のウェブサイト情報を是非ご覧ください。
この制度は、これまでFITやFIPといった政府主導の支援制度に依存してきた太陽光発電事業を、より自立的・持続可能な仕組みに転換する、ということにあります。
また、制度の背景として、太陽光発電の導入拡大に伴い、近時、分散・小規模な設備が多数乱立し、運営や管理の非効率性が表面化してきたという現状が挙げられます。
特に今後来るFIT/FIP制度の買取期間満了後、多くの発電所が経済的な理由で放置・撤退されるのでは…という懸念が高まっており、発電資産の社会的インフラとしての維持が今後の課題になることが見込まれ、今後の課題となっていました。
こうした中で、この制度は、ガバナンス能力・地域連携・収益性といった観点から一定の水準・要件を満たした「適格事業者」に対して、手続の簡素化や技術者体制の柔軟化、廃棄費用積立の優遇措置といったインセンティブを与え、太陽光発電事業の「持続可能な出口戦略」を制度的に構築しようとするもの、と考えられます。
この制度が導入されることにより、太陽光発電の信頼性や安全性、環境価値が社会により一層認知されることが期待されており、国が打ち出しているカーボンニュートラル実現に向けた再エネ政策の主な役割の一端を担う存在として注目されています。
制度創設の背景と目的
太陽光発電は、導入初期の制度的後押しもあり急速に拡大してきましたが、その結果として、比較的規模の小さい低圧設備が全国各地に分散して設置されるという状況となっていることは上記のとおりです。
具体的には、発電出力50kW未満の低圧案件が全体の約3分の1を占め、系統運用上も管理コスト上も非効率な状態が長年にわたり放置される、という状況に至っており、以下のような実務的課題が発生してきています。
- 発電所ごとの規模が小さいために、取引の件数が多くなり、管理コストがかさむ
- 発電所が点在し、移動や管理の負担が重い
- 設備の運転状態や収益性を個別に精査する必要があり、デューデリジェンスの負荷が高い
さらに、FIT開始からすでに10年以上経過しており、発電設備導入から10年以上が経過した案件も増えています。
パネルの劣化やインバーターの故障など、保守・管理の重要性が高まっているにもかかわらず、設備が分散している状況では統一的なO&M(運用・保守)体制を構築しづらいという状況にあります。
このような状況に対処するため、既存の太陽光発電設備の効率的な集約と、制度に依存しない持続可能な運営体制の確立が必要になります。
そこで、今回創設されたのが、「長期安定適格太陽光発電事業者制度」ということで、適格な事業者を選別・認定し、分散している発電設備を戦略的に再編・統合していくことで、太陽光発電を「量」だけでなく「質」の面から主力電源へと押し上げることを狙いとしている、と考えられます。
制度の構成要素と認定基準
本制度の根幹となるものが、「長期安定適格太陽光発電事業者(適格事業者)」の認定制度です。
この認定は、単なる形式的な資格付与にとどまらず、発電事業者としての総合力、具体的には、地域社会との共生姿勢、事業継続性、そして市場環境への適応力を問うものであり、再エネの主力電源化を支える「質」の高いプレーヤーを選別するプロセス、ということができると思います。
制度上、評価は以下の3つの観点に基づいて実施されます。
地域との信頼構築
再エネ事業が地域に根付くためには、単に発電するだけではなく、地域社会との信頼関係の構築が不可欠です。特に近年では、景観や騒音、土地利用に関する懸念が多く寄せられており、地元とのトラブルが事業継続のリスクとなるケースもあります。
そのため、以下のような対応が求められると考えます。
・関係法令の厳格な遵守:環境影響評価、森林法、農地法、建築基準法など、多岐にわたる法規制を網羅的に順守
・ガバナンス体制の整備:取締役会などのコーポレート・ガバナンス機能、内部統制、外部監査の導入により、経営判断の透明性と地域に対する説明責任を担保
・地域コミュニケーションの仕組み:地元自治体や住民との定期的な対話、緊急時の対応訓練、情報開示の積極化
長期安定的な事業継続能力
適格事業者は、短期的な採算性ではなく、20年・30年といった数十年単位での事業維持が可能であることを示す必要があります。
その判断材料として、中期経営計画や資金調達計画、O&M体制の構築状況などが審査されるということになるものと考えられます。
・中期経営計画の提示:予測収益、支出、設備更新・廃棄費用の積算などを含む5〜10年の事業見通しを提示
・年次報告とモニタリング体制:毎年の稼働実績、保守点検履歴、事故・トラブルの報告を義務化
・リスクマネジメント:地震・風水害・資材費高騰などのリスクに対し、予備資金や保険制度で備える体制の有無
収益基盤の自立性
FIT/FIPが終了した後も事業として成立しうるビジネスモデルであることが不可欠となります(FIT/FIPが終了後案件が放置されることを防ぐ)。
そのため、この認定にあたっては、複数の収益源や市場の変化に対応できる柔軟性などが評価されるものと考えられます。
・多様な収益源の確保:PPAモデル、自家消費モデル、コーポレートPPAなどを通じた売電先の多様化
・非売電型ビジネスの導入:再エネ証書(JクレジットやI-REC等)の活用、蓄電池シェアリング、DR(デマンドレスポンス)など
・市場リスク対応策:卸電力市場価格の変動に対して、長期契約やヘッジ契約の活用実績の有無
これらの認定基準は、単に設備のスペックや容量ということだけではなく、発電事業者としての「信頼性」と「持続可能性」を総合的に判定するものだと考えられます。
認定取得は、制度的な優遇だけでなく、社会的信用力や金融アクセス向上にもつながるため、この取得は業界にとって戦略的に重要ということができます。
認定による優遇措置
「適格事業者」として認定されることにより、制度上の明確なメリットが複数あります。
これらの優遇措置は、単なる運営上の利便性にとどまらず、事業の経済性や効率性、継続性を支える重要なインセンティブとして位置づけられます。
手続の簡略化
FIT/FIP制度の変更認定時、従来は発電所ごとに住民説明会の開催が義務付けられていました(住民説明会が必要とされたのは2024年4月から)。
しかし、認定事業者はこの手続きを「文書ポスティング」などの方法により代替することが可能となります。
これは、複数拠点を運営する事業者にとって、スケジュール調整や説明資料作成といった負担を大幅に軽減するものであり、スピード感のある事業展開を後押しします。
電気主任技術者の統括制度の適用
本来、電気事業法上の要件として、発電設備ごとに電気主任技術者の選任・常駐が求められるところ、認定事業者は「統括管理制度」の適用を受けることで、主任技術者1名が最大6拠点までの事業場を横断的に監督することが可能になります。
これにより、人材確保が課題となる地方エリアや小規模設備でも、法令遵守とコスト効率の両立が図られます。また、O&M体制の集中管理によって、スマート保安との親和性も高まり、リスク管理体制の高度化にも資する措置です。
私も再エネ発電事業者の組織内弁護士をしていた頃、この主任技術者の採用にかなり苦労した経験があり、他の発電事業者さんも同じような状況だと思われます。
この統括制度を利用することができれば、主任技術者の採用問題の解決の一助になるのでは、と見込まれます。
廃棄費用の柔軟な積立スキーム
太陽光発電設備の廃棄費用については、通常、FIT制度の買取期間終了前に10年間で一括積立が義務付けられています。
しかし、認定事業者については、特例として設備増設時などに分割積立が認められる場合があり、資金繰りの柔軟性を高める制度設計となっています。
この仕組みは、適格事業者としての信頼性や継続性を前提に設計されたものであり、財務負担を平準化しつつ将来の解体・撤去責任にも備えるという、持続可能な事業運営のモデルケースといえます。
バルク管理とスマート保安
適格事業者にとって、多数の発電所案件をバルクで管理するO&M体制の構築、標準化そして効率化は重要であり、適格事業者としての腕の見せどころともいえるのではと思われます。
現在、O&M分野において導入が進められているのが「スマート保安」です。
具体的には、主に以下の内容となります。
- センサーとクラウドを活用したデータ管理
- 作業記録の電子化とAIによる予兆検知
こうしたスマート保安によって、多数の発電所案件を効率的に管理することが可能になるのでは、と見込まれています。
今後の展望
経済産業省は、長期安定適格太陽光発電事業者を将来的に数十社認定することを想定しているといわれています。
これにより、現在、小規模で分散している日本の太陽光発電事業が、一定の規模と責任体制を備えた事業者群によって徐々に集約・体系化されていくことが期待されます。
各適格事業者の取組みが奏功し、地域ごとのO&M体制やガバナンスの高度化が進むことで、事業者間のノウハウ共有や新たな市場機会の創出にもつながることが見込まれます。
特に、事業者ネットワークの形成によって、以下のような波及的効果があるのではないかと考えられます。
・複数発電所を横断的に管理する体制の確立によるO&Mの効率化とコスト削減
・データや技術、保安管理のベストプラクティスの共有によるオペレーションレベルの向上
・グリーンボンド、サステナビリティ・リンク・ローンなどを活用したスケーラブルな資金調達の円滑化
さらに本制度は、政府が第7次エネルギー基本計画において掲げている「再エネの主力電源化」、そして、2050年カーボンニュートラル実現という長期的目標に向けた中間的かつ実践的な政策としての意義を持っていると考えられます。
単に個別の発電事業者を支援する制度ということにとどまらず、産業構造全体の信頼性と持続可能性を底上げする基盤整備の一環として、今後の発展が注目されます。
まとめ
長期安定適格太陽光発電事業者制度は、太陽光発電事業を持続可能な形で運営できる事業者を育成・支援することを目的とした制度といえます。
特に、日本の再エネ政策における構造的課題である「多極分散構造」の克服に向けて、発電所の集約管理やO&M体制の標準化を促進する点で重要な意義があります。
事業者としては、適格事業者として認定されることで、ガバナンスや地域との関係構築、長期的な事業継続能力などについて政府のお墨付きがあったとされ、社会的な信用力や金融機関からの評価も向上することが見込まれます。
また、制度的な優遇措置やスマート保安などの導入によって、経済性と効率性の両立も実現しやすくなります。
政府が想定する2030年までの段階的な認定拡大によって、再エネ主力電源化に資する信頼性の高い発電事業者ネットワークが形成され、FIT/FIP制度に依存しない新たな再エネ運営の姿が制度的に定着していくことが期待されます。
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