はじめに
今回はマレーシアのサバ州及びサラワク州の労働法について説明していきます。
最近、マレーシアの半島部だけでなく、サバ州やサラワク州への進出を検討している日系企業が増えてきているように感じます。
今回の説明の前提として、マレーシアの半島部とサバ州・サラワク州の関係について簡単に説明しますと、歴史的経緯から半島部、サバ州及びサラワク州は、統一した法令が適用されるものが多いものの、サバ州及びサラワク州が独自の規定を持つ分野があります。
今回説明する労働法分野も、サバ州及びサラワク州が独自の規定を持つ分野でした。
2025年に改正されたサバ州およびサラワク州の労働法(Labour Ordinance Amendment Acts 2025)は、マレーシア全体の労働法制において大きな影響があるものと考えられます。
これらは、マレーシア半島部で適用されている1955年雇用法(Employment Act 1955)とより密接に整合する内容となっており、従業員の権利と雇用主の義務がマレーシア全土でより統一された点が最大の特徴となります。
改正の背景と目的
長年、サバ州・サラワク州は独自の労働条例(Labour Ordinance)を有しており、半島マレーシアとは異なる規制が適用されていたことは上記のとおりです。
これは、1963年のマレーシア連邦結成時に取り決められた「マレーシア協定(Malaysia Agreement 1963)」に基づき、サバ州・サラワク州に一定の自治権が認められたことに由来します。
労働政策に関しても、これらの州は独自の規制や実務運用を維持してきました。
しかし近年、国内の労働者保護水準を全国で均一化し、投資環境や雇用の透明性を高めるために、連邦政府は法制度の整合を進めてきました。
その一環として、以下の2つの改正法が2025年に制定されました。
サバ州「Labour Ordinance of Sabah (Amendment) Act 2025」
サラワク州「Labour Ordinance of Sarawak (Amendment) Act 2025」
これらの改正により、サバ州・サラワク州の労働法も半島マレーシアで適用されている1955年雇用法(Employment Act 1955)に近い内容へと改訂されるに至りました。
改正内容
適用範囲の拡大:「Employee」の定義変更
これまで、労働者(”worker”)という定義には給与上限(RM2,500)や職種の制限がありましたが、今回の改正では全ての従業員(”employee”)が保護対象となりました。
これにより、管理職や契約社員を含む広範な人材が法的保護の枠組みに入り、雇用契約の再点検が必要となります。
労働時間と柔軟な勤務制度
週当たりの最長労働時間が48時間から45時間に短縮され、長時間労働の抑制とワーク・ライフ・バランスの向上が促されることになりました。
雇用者側にとっては改悪、ということになりますでしょうか。
また、従業員には勤務時間、勤務日、勤務地の変更を申請する権利が認められ、柔軟な働き方への対応が求められます。
産休・育休制度の拡充
出産休暇が従来の60日から98日に延長されたほか、男性従業員には7日間の育児休暇が導入されました。
これは5人までの子どもに適用され、家族支援制度の整備が求められています。
従業員保護の強化
セクシャル・ハラスメント、強制労働、差別といった問題に対応する条項が新たに導入されました。
企業は、これらのリスクを予防・是正するためのポリシーを策定し、内部通報制度や研修制度の導入が必要になります。
従業員住宅と最低基準
従業員に住宅を提供する雇用主は、新たに設定された最低基準(衛生、安全性、プライバシーなど)を遵守しなければならないことになりました。
これにより、外国人労働者を多数雇用する産業分野への影響が特に大きくなります。
退職・退職金制度の整備
退職時の予告期間や退職金の支払いに関する明確なルールが定められることになりました。
このルールが適用されると雇用契約終了時のトラブル防止に寄与します。
一方で、雇用者側としては、契約書の退職条項が現行法と整合しているか確認が必要になってきます。
雇用主が取るべき実務対応
サバ州・サラワク州の労働法改正に対応するためには、企業として実務面での見直しと整備が急務となります。
以下、企業が取るべき具体的な対応について説明します。
雇用契約書の見直し
改正により「従業員(employee)」の定義が拡大され、これまで保護の対象外だった管理職や高所得者層も適用対象となりました。
そのため、すべての雇用契約書において新たな定義が反映されているか確認する必要があります。
特に、退職条項や労働時間、休暇制度に関する記載が現行法に適合しているかを重点的に見直すことが求められます。
勤務・休暇制度の更新
法改正により週の最長労働時間が45時間に短縮され、柔軟な勤務形態の導入も認められるようになりました。
これに伴い、勤務時間・勤務日の設定やフレックスタイム制度、テレワーク制度の導入を検討する必要があります。
また、産休98日、男性の育休7日など新たな休暇制度への対応も含めた制度設計の検討も進める必要があります。
就業規則の整備
セクシャル・ハラスメント、強制労働、差別などに関する新たな規定に対応するため、就業規則や社内規程の改訂が必要になります。
例えば、ハラスメントに対する明確な禁止規定、苦情受付窓口、内部通報制度の導入など、具体的な手続きを定めたガイドラインの整備が必要です。
従業員住宅の点検
従業員に住宅を提供している企業は、住宅や宿泊施設が新たに定められた最低基準(安全性、衛生状態、居住空間の確保など)を満たしているかを確認し、必要に応じて施設の改修・改善を行う必要があります。
特に外国人労働者を多数雇用している場合は、当局の監査リスクにも備える必要があります。
人事担当者への研修
法改正の内容とその実務への影響について、企業内の人事担当者に対する研修を実施し周知することが必要になるものと考えられます。
こうした研修では、新しい制度の内容だけでなく、雇用契約の改訂手順や就業規則変更の実務的対応についても取り上げ、全社的な理解と実行力を確保する必要があります。
改正の意義
今回の改正により、サバ州・サラワク州の労働法は1955年雇用法とより一体的な内容となり、マレーシア全体での労働基準の均一化が進展しました。特に企業が複数州に拠点を有する場合、これまで以上に一貫した雇用管理が可能になります。
ただし、完全な統一には至っておらず、以下のような違いは依然として存在します。
- 労働局(Labour Department)の運用方針や執行体制には地域差がある
- 公休日の規定や特定産業の細則には州ごとの違いが残る
- 州政府独自の行政指針や認可プロセスなど、周辺制度に違いがある
1つの国として、将来的には統一した法令となっていくものと思われますが、現段階ではまだ上記の違いがあることを念頭に置いておく必要があります。
まとめ
今回の労働法改正は、マレーシアの雇用制度が全国的に整合・統一される方向にあることを象徴する重要な一歩といえます。
サバ州・サラワク州で事業を展開する企業、そして事業を展開しようとする企業にとっては、新たな法規制に対応し、コンプライアンスの確保をすることが非常に重要となります。
今回は雇用制度に関する改正ですが、歴史的な経緯から別々の制度となっていた分野についても、今後統一されていくことになるのかもしれません。
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