系統用蓄電池「空押さえ」問題の本質と規律強化:次世代電力系統WG第5回会合から読み解く実務対応

✅ ざっくり言うと

  • 📈 系統用蓄電池の接続検討申込が爆発的増加: 2025年9月末時点で約15,000件・約1億6,361万kWの接続検討が受付済み(前年同期比で約3倍)https://www.itmedia.co.jp/smartjapan/articles/2511/28/news054.html という急増ぶりで、実際の連系率はわずか0.3%という数字が示す通り、大半が実現していない状況です
  • 🚫 「空押さえ」が深刻な社会問題に: 防災公園や建設中の土地など、事実上設置不可能な地点での接続検討申込が多発し、投機目的で数十件を一括申込みして系統接続権を有償譲渡する事業者も出現しています
  • 📋 2026年1月から土地関連書類の提出が必須化: 接続検討申込時に登記簿等の提出を要件化する新制度が始まります。系統用蓄電池だけでなく、接続検討が必要な全ての新設発電設備が対象となります
  • ⚖️ 契約申込段階での規律強化も検討中: 土地権原の確保、事業計画の具体性、長期未着工案件の整理など、空押さえ防止に向けた多層的な対策が議論されています

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[音声要約] 系統用蓄電池「空押さえ」問題の本質と規律強化:次世代電力系統WG第5回会合から読み解く実務対応

目次

はじめに

今回は、2025年11月14日に開催された資源エネルギー庁「次世代電力系統ワーキンググループ」第5回会合で集中的に議論された、系統用蓄電池の接続手続きにおける「空押さえ」問題について説明していきます。
再生可能エネルギーの大量導入を支える重要インフラとして期待される系統用蓄電池ですが、その接続検討申込が急増する一方で、事業確度の低い申込による系統容量の「空押さえ」が深刻化していると考えられます。
限られた系統容量という公共財をどのように配分すべきか、事業者の自由な活動とどうバランスを取るべきか、という難しい問題に、経済産業省が本格的に取り組み始めた段階と言えるのではないでしょうか。

本稿では、この会合で示された規律強化策の法的意義と実務への影響を詳細に解説していきます。特に2026年1月から施行される新たな要件について、事業者が今すぐ対応すべき事項を明らかにしたいと思います。

系統用蓄電池の接続検討申込の現状:データが示す異常な急増

数字で見る「申込爆発」の実態

2025年9月末時点における系統用蓄電池の接続検討・契約申込の受付状況は、以下の通りです。
(参照: https://www.itmedia.co.jp/smartjapan/articles/2511/28/news054.html)

項目件数容量備考
接続検討受付約15,000件約1億6,361万kW中国エリアは8月末時点
接続契約申込受付約2,800件約2,260万kW
接続済111件約49万kW実際に連系完了した件数

この数字から明らかなのは、接続検討から実際の連系までの「漏斗効果」の極端さです。接続検討申込の容量が約1億6,361万kWに対して、実際の接続済容量はわずか約49万kWですから、実現率はわずか0.3%という計算になります。

もちろん、接続検討から連系完了までには数年を要することが通常ですので、この数字だけで全てを評価することはできません。しかし、後述する通り、接続検討申込の中に事業実現の意図が希薄な案件が多数含まれているという指摘がなされている以上、この低い実現率は看過できない問題と考えられます。

エリア別の傾向:特定地域への集中

エリア別の接続検討受付容量(2025年3月末時点)を見ると、地域的な偏りが顕著です。
(参照: https://www.jarnet.jp/20250607.pdf)

エリア接続検討容量前年比増減増加率
東北4,162万kW+3,244万kW+約3.5倍
東京1,791万kW+1,125万kW+約2.7倍
九州1,511万kW+806万kW+約2.1倍
中国1,041万kW+898万kW+約6.3倍

この集中は、以下の経済的合理性を反映していると思われます。

  1. 長期脱炭素電源オークションの調整係数: エリアごとに異なる係数設定が応札価格に影響するため、有利なエリアに申込が集中
  2. 土地確保の容易性: 比較的広大な土地が確保しやすい地域への集中
  3. 系統の空き容量情報: 既存の系統情報公開により、接続しやすい地域が明確化されている

特に中国エリアの増加率(約6.3倍)は突出しており、何らかの特殊要因があるのではないかと推測されます。

政策支援との連動性:補助金・オークション駆動型申込

資源エネルギー庁の分析により、接続検討申込のタイミングが補助金・オークションの公募期限に集中していることが判明しました。

補助金申込(2023年度)の場合

  • 公募開始:2023年5月24日
  • 公募締切:2023年6月14日
  • 接続検討申込のピーク:2023年1月(公募の4ヶ月前)

この現象の背景には、接続検討の制度設計があると考えられます。
接続検討の回答期限は申請から3ヶ月以内とされ、回答書の有効期限は1年です。補助金申請には接続検討回答書が必要なため、事業者は逆算して1月に集中的に申込を行ったものと推測されます。

長期脱炭素電源オークションの場合

  • 事業者情報登録:2023年10月24日~11月8日
  • 接続検討申込:2023年7月~10月に段階的増加

この分析から明らかなのは、政策支援を見越した「戦略的申込」の存在です。
事業者は補助金やオークションの要件を満たすため、事業確度が低い段階でも接続検討を申込むインセンティブを持つことになります。
これ自体は合理的な事業者行動ですが、結果として系統容量の効率的活用を阻害しているという指摘がなされています。

「空押さえ」問題の本質:投機化する系統接続権

空押さえの定義と類型

「空押さえ」とは、事業実現の意図や確度が低いにもかかわらず、系統容量を長期間確保し続ける行為を指します。
次世代電力系統WGでの議論やヒアリング結果から、以下の類型が確認されました。

類型①:明らかに事業不可能な地点での申込

一般送配電事業者へのヒアリングにより、以下のような事例が報告されています:

  • 防災公園等の公共用地: 公園法・都市計画法により、営利目的の蓄電池設置は原則不可
  • 既に建設中の土地: 他の建物の建設が進行中の土地での接続検討申込
  • 用途地域規制: 住居専用地域など、そもそも産業用施設が建設できない地域
  • 低床地域: 水害リスクが高く、蓄電設備の設置に不適な土地

一般送配電事業者からは、「インターネットの地図情報を元に空いている土地を対象に接続検討を申請している印象を受ける」との指摘がなされています。

これらの申込は、「接続検討」という手続の趣旨(事業性評価のための情報取得)を逸脱し、実質的に系統容量の投機的確保を目的としていると評価できると考えられます。

類型②:大量並行申込(多重申込)

ヒアリングでは、以下のような事業者行動が確認されました。

「連系地点の工事費負担金は接続検討の回答書が提示されることで初めて明らかになる。系統連系手続の規定上、大量に接続検討を行うことについて何ら制約がないことから、いかに多額の接続検討費用が生じてもそれに見合った安価な工事費負担金の連系地点が見つかれば、接続検討に要した費用が回収可能となる。」(蓄電池事業者・蓄電システムメーカー)

分析によれば、1つの補助金申請・オークション応札あたり数十件の接続検討を並行申込する事業者が存在しています。

現行制度では、接続検討の申込件数に制限がなく、また接続検討回答書の有効期限(1年)内であれば複数の回答書を同時保有できるため、この行動は形式的には適法です。
しかし、限られた系統容量という公共財を私的に独占する行為として、規律強化の必要性が認められると考えています。

類型③:投機目的の権利転売

最も問題視されているのが、以下の転売ビジネスモデルです。

「自らは蓄電池事業を行う予定がないが、投機目的で接続検討、接続契約、または連系承諾済みの段階まで手続を進め、この手続で系統連系する権利を蓄電池事業者に有償譲渡する事業者もいる。このような事業者は、数十件の接続検討回答書を束にして取引を行ったり、工事費負担金をはるかに超える額で取引を行うケースがある。」(蓄電池事業者)

現行電気事業法上、接続検討回答書や接続契約上の地位の譲渡は、一般送配電事業者の承諾を条件に可能です。しかし、系統容量が希少資源である以上、転売益を目的とした申込は、電気事業法が想定する「電気事業の適正な運営」から逸脱しているのではないかと考えられます。

諸外国(英国・米国等)では、土地権原の確保や保証金の供託を要求することで、投機的申込を制限しているという状況があります。

空押さえがもたらす三つの弊害

弊害①:真に実現性の高い案件の接続遅延

系統容量は有限です。空押さえにより、以下の悪循環が生じていると考えられます。

空押さえ案件の増加
  ↓
系統容量の実効的利用率の低下
  ↓
新規申込案件の接続可能時期の後ろ倒し
  ↓
真に実現性の高い事業者の参入断念
  ↓
再エネ・蓄電池の導入目標未達

これは単に個別事業者の問題にとどまらず、日本全体のエネルギー政策目標の達成を阻害する要因となっていると思われます。

弊害②:一般送配電事業者の検討リソース逼迫

2025年9月末時点で約15,000件の接続検討申込が受付済みです
1件あたりの検討に要する労力(系統解析、工事費見積等)を考えると、送配電事業者の人的リソースが逼迫し、以下の問題が生じていると考えられます。

  • 接続検討の回答期限(3ヶ月以内)の遵守困難化
  • 本来注力すべき系統増強計画の策定・実行への支障
  • 検討コストの増加(最終的には託送料金へ転嫁される)

弊害③:公平性の毀損と社会的コストの増大

系統接続は「先着優先」が原則です。
しかし、空押さえにより、以下の問題が生じています。

  • 真に実現性の高い後発案件が、投機的な先行案件により排除される
  • 一般送配電事業者が系統増強工事を実施したにもかかわらず、申込者が事業を断念した場合、その費用は最終的に他の系統利用者(一般需要家を含む)が負担することになる

この公平性の問題は、電気事業制度の根幹に関わる重要な論点と考えられます。

2026年1月施行:接続検討段階の規律強化

新要件の概要:土地関連書類の提出義務化

2026年1月以降に接続検討申込を行う全ての系統用蓄電池・新設発電設備について、以下の書類提出が必須となります。
(参照: https://www.itmedia.co.jp/smartjapan/articles/2511/28/news054.html)

提出書類内容確認事項
登記簿謄本(全部事項証明書)設置予定地の登記情報所有者、地目、面積、抵当権設定の有無
土地利用調査結果都市計画法・建築基準法等の規制調査用途地域、建蔽率、容積率、高さ制限
所有者情報現在の土地所有者名申込者との関係性
対応状況土地取得の進捗状況売買契約締結済/交渉中/未交渉 等

重要な法的ポイント

Q: 土地を「所有」していなければ申込不可?

A: いいえ。新要件は「土地取得済」を求めるものではなく、あくまで土地に関する調査・確認を求めるものです。ただし、以下の確認は必須と考えられます。

  • その土地が法令上、蓄電池設置が可能な地域であること
  • 土地所有者が特定可能であること
  • 土地取得に向けた何らかの対応(交渉開始等)が行われていること

この点は、過度に事業者の自由を制約しないという配慮がなされていると評価できるように思われます。

Q: 対象は系統用蓄電池だけ?

A: いいえ。「接続検討が必要となる全ての新設発電設備」が対象です 。
具体的には…

  • 系統用蓄電池(全容量)
  • 高圧・特別高圧の太陽光発電
  • 風力発電
  • その他の新設電源(バイオマス、地熱等)

電源種間の公平性を確保するため、対象を蓄電池に限定しない措置がとられています。

申込書記載事項の拡充(イメージ)

次世代電力系統WG資料によれば 、接続検討申込書には以下の記載が求められる見込みです。

【新設項目】
■ 事業用地情報
├─ 所在地(地番)
├─ 登記簿上の地目
├─ 登記簿上の所有者名
├─ 申込者との関係(所有/賃借/交渉中/その他)
├─ 都市計画法上の用途地域
├─ 建築基準法上の建蔽率・容積率
├─ その他法令上の制約(農地法、森林法、自然公園法等)
└─ 土地取得スケジュール(予定)

【添付書類】
□ 登記簿謄本(全部事項証明書)
□ 公図の写し
□ 用途地域証明書または都市計画図
□ (交渉中の場合)土地所有者との覚書等

実務的影響:事業者が今すぐ対応すべきこと

対応①:2026年1月前の駆け込み申込のリスク評価

2025年12月末までに申込すれば、旧ルール適用となる可能性があります。しかし、以下のリスクを考慮すべきと考えられます。

  • 拙速な申込により、後の契約申込段階で土地権原が確保できず、事業断念に至るリスク
  • 接続検討回答書の有効期限(1年)内に土地取得が完了しない場合、新要件下での再申込が必要となる可能性

推奨アクション

  1. 2025年12月末までに申込可能な案件については、土地所有者との基本合意(MOU: Memorandum of Understanding)締結を最優先で進める
  2. 2026年1月以降の申込となる案件については、新要件を満たす準備を先行実施する

対応②:既存申込案件のレビュー

2025年12月末以前に申込済の案件についても、以下を確認すべきと考えています。

  • 接続検討回答書の有効期限(通常1年)の管理体制の確認
  • 契約申込段階での土地権原要件(今後強化される可能性が高い)への準備
  • 事業性評価の再実施(工事費負担金の変動可能性を考慮)

対応③:土地デューデリジェンスの早期実施

チェックリスト

  • [ ] 登記簿謄本の取得(所有者、抵当権、賃借権の確認)
  • [ ] 公図・測量図の確認(実測面積、境界確定の有無)
  • [ ] 都市計画法:用途地域、地域地区、開発許可の要否
  • [ ] 建築基準法:建蔽率、容積率、接道義務
  • [ ] 農地法:農地転用許可の要否と見込み
  • [ ] 森林法:林地開発許可の要否
  • [ ] 自然公園法・文化財保護法:特別地域等の指定有無
  • [ ] 土地の形状・地盤:蓄電池設備の設置適性
  • [ ] 周辺環境:住宅地との距離、送電線までの距離

これらの調査には、司法書士、不動産鑑定士、土地家屋調査士等の専門家との連携が有効と考えられます。

契約申込段階の規律強化:今後の論点

現行の契約申込プロセスの課題

接続検討の後、実際に系統容量を確保するのが契約申込段階です。
現行制度では以下のプロセスとなっています。

接続検討回答書取得
  ↓
契約申込(系統容量の確保)
  ↓
技術検討
  ↓
連系承諾・契約締結
  ↓
工事費負担金入金
  ↓
工事実施
  ↓
連系

この段階でも、以下の「空押さえ」行動が確認されています。

問題①:契約後の長期未着工

  • 契約申込により系統容量を確保したものの、数年間にわたり着工しない案件
  • 工事費負担金の入金を遅延させることで、実質的に系統容量を「無料で」確保

問題②:事業内容の大幅変更

  • 契約後に出力規模を大幅に縮小(例:当初10MW → 実際は2MW)
  • 充放電パターンの変更により、系統への影響度が当初想定と大きく乖離

問題③:投機的転売の継続

  • 連系承諾段階まで手続を進め、高値で系統接続権を転売
  • 転売先が見つからない場合は契約解除し、系統容量を返還(費用負担なし)

契約申込段階の規律強化案(検討中)

次世代電力系統WGでは、以下の方向性が議論されています。

強化策①:契約申込時の要件厳格化

項目現行強化案(検討中)
土地権原要求なし土地所有権または長期賃借権の確保を要件化
事業計画簡易な計画書詳細な事業計画(資金計画、工程表含む)の提出
事業性証明不要金融機関の融資内諾書、または自己資金証明

土地権原の要件化は、以下の理由で正当化されると考えられます。

  1. 系統容量の希少性: 限られた公共財の配分において、実現可能性の高い案件を優先する合理性
  2. 諸外国の先例: 英国・米国・オーストラリア等では既に土地権原要件を導入済
  3. 電気事業法の趣旨適合性: 「電気事業の適正な運営の確保」(法1条)の観点から、投機的申込の排除は正当

強化策②:契約後の大幅変更への対応

検討中の措置

  • 出力規模の変更が当初計画の±20%を超える場合、新規申込に準じた扱い
  • 充放電パターンの大幅変更の場合、再度の技術検討を義務付け
  • 変更により系統への影響度が増大する場合、既存の優先権を喪失

接続契約は、申込時の事業内容を前提として締結されるもの(契約の同一性)であり、大幅変更は実質的に「新規案件」として扱うことが正当と考えられます。

強化策③:長期未着工案件の整理

検討中のルール

  • 契約締結から一定期間内(例:3年)に着工しない場合、契約解除
  • ただし、以下の事由による遅延は例外:
  • 一般送配電事業者側の系統工事の遅延
  • 行政手続(環境アセスメント、農地転用許可等)の遅延(事業者の責に帰さないもの)
  • 不可抗力(自然災害、パンデミック等)

実務上の注意点

  • 「着工」の定義を明確化する必要があります(用地造成開始 or 基礎工事開始?)
  • 進捗報告の義務化(年次または半期ごと)が検討される可能性があります

諸外国の規律:参考となる制度設計

英国の土地権原要件

英国では、送電系統への接続申込に際し、Option Agreement(土地購入の優先交渉権)またはLease Agreement(賃借契約)の締結が要求されます。

制度の効果

  • 投機的な大量申込の抑制
  • 接続申込から連系までの期間短縮(確度の高い案件に絞られるため)

米国PJM市場の保証金制度

米国PJM市場(Pennsylvania-New Jersey-Maryland Interconnection:ペンシルバニア・ニュージャージー・メリーランド地域の卸電力市場)では…

  • 接続申込時にStudy Deposit(調査預託金)の供託が必要
  • 契約申込段階でInterconnection Deposit(接続預託金)を追加供託
  • 事業を断念した場合、預託金は没収(他の系統利用者の費用低減に充当)

日本への示唆

  • 金銭的なコミットメントを求めることで、安易な申込を抑制
  • 没収金を系統増強費用に充当することで、社会的コストの公平な分担を実現

データセンター需要との競合:もう一つの論点

激増するデータセンターの系統接続申込

第5回会合では、データセンター(DC: Data Center)の系統接続申込の急増も重要な論点として議論されました。

データセンター接続申込の現状(2025年9月末時点)

  • 全国の特別高圧需要の接続供給契約申込容量:約1,992万kW
  • 対象期間:2025~2029年度連系予定分
  • 地域別では九州エリアが最大:約495万kW(同エリアの2024年度最大需要電力の約29%に相当)

AI需要の高まりに伴い、大規模な電力を消費するデータセンターの建設計画が急増しているという状況があります。

系統用蓄電池とデータセンターの競合構造

系統容量は、発電側(再エネ・蓄電池の放電)と需要側(一般需要・蓄電池の充電)の双方で制約されます。

【系統容量の競合図】

発電側(逆潮流)                    需要側(順潮流)
├─ 太陽光発電                    ├─ 一般需要家
├─ 風力発電                      ├─ データセンター
└─ 蓄電池(放電)                 └─ 蓄電池(充電)
          ↓                              ↓
                【送配電線の容量】
                 (有限・先着優先)

競合の実態

  • データセンターは24時間連続で大電力を消費(ベースロード需要)
  • 系統用蓄電池の充電は、特に太陽光発電の余剰時間帯に集中
  • 両者が同一の変電所エリアで接続を希望する場合、順潮流側の系統容量が逼迫

これは新たな課題として認識されつつあると考えられます。

データセンターの空押さえ問題と対応策

データセンターについても、系統用蓄電池と類似の空押さえ問題が生じています。

問題

  • 契約申込段階では土地・建物が未確定(投資判断前の「確保」)
  • 供給条件(受電電圧、受電地点)が不明確なまま申込
  • 事業性評価の後、需要規模を大幅に下方修正

検討中の対応策

  • 受電地点等の供給条件が整った状態での契約申込を促す仕組みの導入
  • 大規模需要家向けの「大規模供給ポテンシャルマップ」の公開拡充
  • 東京電力パワーグリッドが先行実施 https://www.itmedia.co.jp/smartjapan/articles/2511/28/news054_3.html
  • 5万kW以上の特高需要を想定し、空容量50MW以上の変電所を地図上に表示

実務への影響

  • データセンター事業者は、土地選定と系統接続可能性の同時検討が必須になると思われます
  • 系統用蓄電池事業者も、データセンター需要との競合を意識した立地選定が重要になると考えられます

弁護士の視点:規律強化への実務対応

事業者類型別の影響分析

①系統用蓄電池デベロッパー(自社事業)

主な影響

  • 接続検討申込前の土地デューデリジェンスの負担増
  • 土地取得交渉の前倒し(接続検討回答を待たずに交渉開始)
  • 複数地点での並行申込戦略の見直し

推奨対応

  • 事業性スクリーニングの精緻化:接続検討申込前に、自社で工事費負担金を概算推定
  • MOU(基本合意書)締結の標準化:土地所有者との間で、接続検討結果を条件とするMOU締結
  • 法務デューデリジェンスの前倒し:農地転用、開発許可等の行政手続の要否を事前確認

②蓄電システムメーカー(顧客代理での申込)

主な影響

  • 顧客(エンドユーザー)への説明責任の増大
  • 接続検討代行サービスの見直し(土地調査業務の追加)

推奨対応

  • 顧客との業務委託契約の改定:土地調査業務の範囲・費用負担を明確化
  • 土地調査専門家との連携:司法書士、不動産鑑定士等との提携強化

③金融機関(プロジェクトファイナンス)

主な影響

  • 融資実行の前提条件の厳格化
  • デューデリジェンスの深化

推奨対応

  • 融資契約書の条件変更:「土地所有権または賃借権の確保」を融資実行条件に追加
  • 法律意見書(Legal Opinion)の取得:土地権原、許認可見込みについて、外部弁護士意見の取得を標準化

契約書ドラフティングの実務:条件付き土地売買契約

新要件への対応として、条件付き土地売買契約(Conditional Sale Agreement)の活用が有効と考えられます。

モデル条項(案)

第●条(停止条件)
1. 本契約は、以下の停止条件が全て成就したときに効力を生じる。
  (1)買主が、本物件における系統用蓄電池設置につき、一般送配電事業者から接続検討回答書を取得し、かつ、工事費負担金が●●円以下であることを確認したこと
  (2)本物件につき、農地法第5条の転用許可を取得したこと
     (農地の場合)
  (3)[その他の条件]

2. 前項の停止条件が令和●年●月●日までに成就しない場合、本契約は当然に失効する。

第●条(手付金の返還)
前条の停止条件不成就により本契約が失効した場合、売主は、受領済の手付金全額を買主に返還する。

ポイント

  • 接続検討回答書の取得を停止条件とすることで、リスクを軽減
  • 工事費負担金の上限を設定し、想定外のコスト増加を回避
  • 停止条件不成就の場合の手付金返還ルールを明確化

紛争予防の観点:記録化とコンプライアンス

①申込手続の記録保存

推奨する記録

  • 接続検討申込書の控え(全ページ)
  • 添付書類(登記簿、都市計画図等)の原本コピー
  • 土地所有者との交渉記録(メール、議事録)
  • 社内稟議書(事業性評価、リスク分析)

保存期間:契約申込から連系完了後5年間(会社法432条の帳簿書類保存期間に準拠)

②コンプライアンスチェックリスト

新要件対応チェック

  • [ ] 登記簿謄本は3ヶ月以内に取得したものか
  • [ ] 用途地域証明書は自治体から正式に取得したものか
  • [ ] 土地所有者との交渉記録は文書化されているか
  • [ ] 社内承認(稟議)は適切に取得されているか
  • [ ] 関連法令(農地法、森林法等)の確認は完了しているか

これらの記録・チェック体制を整備することが、将来の紛争予防につながると考えています。

今後の制度動向:順潮流側ノンファーム接続の導入

ノンファーム型接続とは

ノンファーム型接続(Non-Firm Connection)とは、送配電設備の空き容量がない場合でも、混雑時には運用を制限(出力抑制・充電制限)することを前提として、設備増強なしで系統接続を可能とする仕組みです。

現在、発電側(逆潮流側)では既に導入済みですが、系統用蓄電池の順潮流側(充電側)へのノンファーム接続導入が、今後の重要な論点となっています。

順潮流側ノンファーム接続の制度設計論点

次世代電力系統WGでは、以下の論点が提示されています。

論点①:対象とする電圧階級・容量

検討事項

  • 特別高圧のみか、高圧も含めるか
  • 既設蓄電池にも適用するか、新設のみか
  • 容量の下限設定(例:1MW以上)

論点②:充電制限の具体的方法

検討事項

  • 充電制限指令の配信方法(リアルタイム or 前日計画ベース)
  • 充電制限量の算定方法(比例配分 or メリットオーダー)
  • 充電制限指令の配信スケジュール

技術的課題

  • パワーコンディショナー(PCS: Power Conditioning System)側の対応(指令受信・制御機能)
  • 一般送配電事業者側のシステム開発

論点③:事業性への影響と情報公開

検討事項

  • 充電制限時の補償の有無(発電側は現状無補償)
  • 充電制限の発生頻度・時間帯の予測可能性
  • 情報公開の方法(エリアごとの制限実績データの公表)

事業者への影響

  • 事業計画における充電量の減少リスクを織り込む必要
  • 長期脱炭素電源オークションの調整係数への影響

実務への示唆:事業戦略の見直し

順潮流側ノンファーム接続が導入されると、以下の戦略転換が予想されます。

従来の立地選定基準

  • 系統の「空き容量」が最重要
  • 空き容量の大きいエリアに集中

新たな立地選定基準

  • 太陽光発電の導入量が多いエリア(充電機会の多さ)
  • 潮流変動の大きいエリア(昼間の余剰電力の活用)
  • 充電制限の発生頻度が低いと予測されるエリア

実務対応

  • 各エリアの再エネ導入量、潮流データの分析
  • 充電制限シミュレーションの実施(収益性評価)

この新制度は、系統容量の効率的活用という観点から重要な意義を持つと考えられますが、事業者にとっては新たなリスク要因ともなり得ますので、慎重な検討が必要と思われます。

まとめ

本稿では、次世代電力系統ワーキンググループ第5回会合で議論された、系統用蓄電池の接続手続きにおける「空押さえ」問題と規律強化策について説明してきました。

規律強化の全体像

時系列でまとめると以下の通りです。

【2026年1月~】接続検討段階の規律強化
├─ 土地関連書類の提出義務化
├─ 接続検討申込書の記載事項拡充
└─ 電源種を問わず適用(公平性確保)

【今後検討】契約申込段階の規律強化
├─ 土地権原(所有権・賃借権)の確保要件化
├─ 詳細な事業計画・資金計画の提出義務
├─ 契約後の大幅変更への対応(新規扱い)
└─ 長期未着工案件の整理(契約解除)

【中長期】接続ルールの柔軟化
├─ 順潮流側ノンファーム型接続の導入
├─ リアルタイム充電制御の実装
└─ 系統増強規律の見直し

規律強化の法的評価

今回の規律強化は、以下の観点から正当化されると考えられます。

  1. 電気事業法の目的規定との整合性:「電気事業の適正な運営の確保」という目的に合致
  2. 比例原則の遵守:必要最小限の規制(「土地所有済」ではなく「土地調査済」)
  3. 諸外国の先例との整合性:英国・米国等の国際標準に沿った措置

実務家へのメッセージ

系統用蓄電池事業に関与する全ての事業者にとって、2026年1月は重要な転換点です。

今すぐ実施すべきアクション

既存案件の総点検

    • 接続検討申込済の案件について、土地権原の確保状況を確認
    • 新要件を満たすための追加対応を計画

    社内体制の整備

      • 土地調査を担当する専門部署・専門家との連携体制構築
      • 接続検討申込の社内承認フローの見直し

      契約書式の改定

        • 土地売買・賃貸借契約のひな形に、接続検討を停止条件とする条項を追加
        • 業務委託契約における土地調査業務の明確化

        情報収集の継続

          • 次世代電力系統WGの議事録・資料を定期的にチェック
          • 契約申込段階の規律強化案の動向を注視

          最後に

          規律強化は「障壁」ではなく、市場の健全化と事業の持続可能性を高める機会と捉えるべきだと思われます。
          真に実現性の高い案件が優先的に系統接続できる環境が整えば、蓄電池事業全体の投資魅力度が向上し、長期的には市場規模の拡大につながると考えています。

          系統用蓄電池は、再生可能エネルギーの変動性を吸収し、電力系統の安定化に不可欠な設備です。
          その導入を加速するためには、限られた系統容量を効率的に活用し、真に実現性の高い案件が迅速に連系できる環境を整備する必要があります。

          今回の規律強化は、その第一歩と位置付けられると考えています。

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