✅ ざっくり言うと
- ⚡ 需給調整市場のうち、複合商品・一次調整力・二次調整力①の上限価格が、2026年9月1日の実需給分から10.00円/ΔkW・30分へ引き下げられました(出典:電力需給調整力取引所(EPRX)ΔkW上限価格について)。
- 📉 これは単発の値下げではなく、19.51円(2024年)→15円(2026年3月)→10円(2026年9月)という段階的な引き下げの一里塚であり、制度側は「10円で打ち止め」とは言っていません(出典:資源エネルギー庁 第4回電力安定供給ワーキンググループ 資料6)。
- 🔍 引き下げの核心は、上限価格付近の高値約定が「量では約3.4%にすぎないのに調達費用の約16.8%を占める」という費用構造にあり、その高値札の多くを蓄電池が入れていたと整理されています(出典:同資料6)。
- 🔋 系統用蓄電池事業者にとっては、収支モデルの前提を10円へ切り替えるだけでなく、なぜ自分たちの応札単価が高くなるのか(償却期間と固定費回収の関係)まで踏み込んで、資本政策と応札戦略を組み替える局面だと考えられます。

はじめに
今回は、需給調整市場の上限価格の引き下げについて、系統用蓄電池事業者の視点から説明していきます。
2026年9月1日の実需給分から、需給調整市場のうち複合商品・一次調整力・二次調整力①の上限価格が、10.00円/ΔkW・30分へ引き下げられました(出典:EPRX)。
ここでいう「円/ΔkW・30分」は、実際に電気を出し入れした電力量(kWh)に対する対価ではなく、調整力として待機・応動できる能力(ΔkW)に対して支払われる価値の単位です。
つまり今回動いたのは、蓄電池が「待機していること自体」で稼ぐ部分の上限です。
この論点で本当に読むべきなのは、「価格が下がった」という表面ではありません。
なぜ制度側がこのタイミングで上限を動かしたのか、そして上限価格付近の高値約定に依存した収益前提が、なぜこれから通用しにくくなるのか、という2点です。
以下では、確定した数字を一次資料で押さえたうえで、制度側のロジックと、蓄電池事業者が取るべき対応まで掘り下げていきます。
何が決まったのか – 価格表で確定値を押さえる
まず、確定した数字から確認します。
電力需給調整力取引所(EPRX、Electric Power Reserve eXchange)が2026年7月30日に公表した上限価格表によれば、上限価格の推移は次のとおりです(出典:EPRX)。
複合商品・一次調整力・二次調整力①は、19.51円(2024年4月適用開始)から、15.00円(2026年3月14日適用開始)を経て、10.00円(2026年9月1日適用開始)へと引き下げられました。
一方、二次調整力②・三次調整力①は7.21円で据え置き、三次調整力②は引き続き上限なしです。
ここで注意したいのは、「二次調整力②は今回の対象外」という説明の意味です。
これは価格が未定という意味でも、15円のまま残るという意味でもありません。
二次調整力②・三次調整力①については、第96回制度検討作業部会の審議結果により、現行の7.21円を当面の間そのまま継続する、という整理です(出典:EPRX)。
また、この引き下げを決めた場は、2026年7月14日に開催された第4回電力安定供給ワーキンググループ(資料6「需給調整市場について」、資源エネルギー庁)です(出典:第4回電力安定供給WG)。
数字の一次情報はEPRXの価格表、意思決定の背景は資源エネルギー庁の会議資料、という二段構えで押さえておくのが安全です。
なぜ引き下げたのか – 「改善はしたが、競争は不十分」
引き下げの理由は、資料6にかなり率直に書かれています。
出発点は、2026年3月に複合商品を前日取引化した後の市場の変化です(出典:資料6)。
前日取引化の前後を比べると、募集量に対して応札が足りない「不足率」は、複合商品で14.6%から5.3%へ、一次調整力で46.3%から16.1%へと改善しました。
数字だけ見れば、市場は明らかに良くなっています。
しかし資料6は、一日単位では応札量が募集量を上回る日が増えた一方で、30分コマ単位では引き続き不足が生じる時間帯が残っており、「市場における競争状況が改善したとは評価し難い」と結論づけています。
つまり制度側の見立ては、「改善はしたが、まだ競争的とは言い切れない」というものです。
そして、制度側がより問題視したのは、費用構造の歪みです。
複合商品では、14円/ΔkW・30分を超える高値の約定は、量では期間③④の総約定量の約3.4%にすぎません。
ところが、その少量の高値約定が、総調達費用の約16.8%を占めていました。
前日取引化前にはこの比率がさらに大きく、量6.2%に対して費用35.0%でした。
わずかな高値札が、調達費用全体を不釣り合いに押し上げている。
市場価格そのものは自由でも、その調達費用は最終的に託送料金を通じて広く回収されるため、費用の妥当性についての説明責任は自由ではありません。
上限価格の引き下げは、この「少量・高コスト」の約定を抑えるための、費用側からの牽制だと読むのが自然です。
なぜ蓄電池は上限価格付近に札を入れるのか
系統用蓄電池事業者にとって見逃せないのは、その高値札の多くを蓄電池が入れていた、という事実です。
資料6は、上限価格付近への応札が多い電源として蓄電池を名指しし、その理由まで踏み込んでいます(出典:資料6)。
理由の中心は、蓄電池は固定費の占める割合が大きいことです。
とりわけ、償却期間を短く設定している場合、当該年度の減価償却費が大きくなります。
需給調整市場ガイドラインでは、固定費回収額は当年度分の減価償却費等を含む固定費から他市場収益等を控除した額を上限として算定されるため、償却期間が短いほど、その年に回収すべき固定費が増え、応札単価の上昇要因になります。
会計上の償却期間は事業者によって異なり、税法上の期間やメーカー保証期間等を参考に、おおむね6〜20年程度で設定されているとされます。
ここが実務的にきわめて重要です。
蓄電池が上限価格付近に札を入れていたのは、単なる強気の値付けではなく、固定費回収の仕組みと償却設計の帰結だった、ということです。
したがって、上限価格を15円から10円へ下げるという措置は、蓄電池にとって「稼ぎの天井」を直接削る変更であり、しかも償却期間を短く置いている案件ほど影響が大きい、という構造になっています。
収支モデルの前提を10円に置き換えるだけでは足りず、自社案件の償却期間の置き方と固定費回収の前提を、同時に点検する必要があると考えられます。
応札行動の非対称性 – 蓄電池は「残されて、削られる」
上限価格を下げると、誰がどう振る舞うのか。
資料6は、事業者ヒアリングの結果として、電源種別で応札行動が非対称であることを示しています。
火力・揚水は、機会費用をもとに応札価格を算定することが多く、上限価格を超える場合には市場への応札を控えるという回答が多かったとされています。
一方、蓄電池・VPP(Virtual Power Plant、仮想発電所)は、他市場との収益性を比較したうえで、応札価格を引き下げてでも市場への応札を継続する、という回答が多かったとされています。
この非対称性が、今回の制度設計の意図を物語っています。
火力・揚水は、上限が下がれば一部が市場から退出しますが、その分は余力活用による調達で代替でき、調整力の確保に直ちに支障は生じないと整理されています。
つまり制度側から見れば、上限を下げても、蓄電池・VPPは市場に残る一方で、高値の粗利は削れる。
蓄電池事業者にとっては、「市場から追い出される」のではなく、「残されたうえで、上限価格という天井を切り下げられる」という位置づけになります。
だからこそ、単一市場での価格勝負ではなく、卸電力市場(JEPX、日本卸電力取引所)、容量市場、需給調整市場をまたいで、どのコマでどの価値を取りに行くかという設計力が、これまで以上に競争力を左右すると考えられます。
「10円は通過点」 – 段階的引き下げは予告されていた
今回の10円化は、突然の措置ではありません。
資料6は、第110回制度検討作業部会において、前日取引化後も市場の競争状況に改善が見られない場合には、一次・二次①・複合商品の上限価格を15円から10円、7.21円等と段階的に引き下げることとされていた、と明記しています(出典:資料6、第110回制度検討作業部会)。
今回の引き下げは、この段階的な方針の延長線上にあります。
そして資料6は、引き下げ後についても、適切な競争環境と十分な約定機会を確保する観点から、市場の競争状況や市場外を含めた調整力調達全体の状況を継続的に確認し、必要に応じて募集量や上限価格の在り方を改めて検討する、と述べています(出典:資料6)。
言い換えれば、10円はゴールではなく通過点として設計されています。
系統用蓄電池事業者にとって現実的なのは、「10円にどう適応するか」だけを考えることではありません。
10円でも、次の水準である7.21円でも成立し得る運用と資本政策をどう作るか、という問いに先回りしておくことだと考えられます。
事業者・投資家への実務的な示唆
ここまでを踏まえ、系統用蓄電池事業者と、それを支える投資家・金融機関の実務対応を整理します。
第一に、収支の引き直しです。
上限価格が33%下がっても売上が33%落ちるわけではありませんが、上限価格付近の高値約定を厚く見込んだ楽観ケースは通しにくくなります。
10円を基本ケース、7.21円をストレスケースとして、感応度分析を行っておくのが現実的です。
第二に、償却期間と固定費回収の設計です。
上記のとおり、償却期間を短く置くほど当該年度の固定費回収額が増え、応札単価が上がって約定しにくくなります。
上限価格が下がった局面では、この関係が収益に直結するため、会計上の償却期間、DSCR(Debt Service Coverage Ratio、元利金返済カバー率)の見せ方、レンダー向けの前提条件を一体で点検する必要があると考えられます。
第三に、マルチマーケット運用への移行です。
需給調整市場でいくら取れるか、だけを見る発想から、JEPX・容量市場・需給調整市場を横断して、どのコマでどの価値を取りに行くかを判断する発想へ、運用体制と収益計画を組み替える必要があります。
第四に、契約実務です。
アグリゲーターとの契約、運用委託契約、スポンサーやレンダー向けの説明資料が、暗黙に15円時代の期待値を引きずっている場合、報酬設計やKPI、返済前提にズレが生じます。
価格改定は、現場より先に契約書を古くします。
価格前提、約定率前提、マルチマーケット運用前提を、収支・契約・投資判断に横断的に反映しておくことが、いま取るべき対応だと考えています。
まとめ
今回、需給調整市場の複合商品・一次調整力・二次調整力①の上限価格が、2026年9月1日の実需給分から10.00円/ΔkW・30分へ引き下げられました(出典:EPRX)。
その背景には、前日取引化で不足率は改善したものの応札未達と上限価格付近の約定が続き、少量の高値約定(量3.4%)が調達費用の約16.8%を占めるという費用構造があり、制度側はこれを是正する趣旨で上限を段階的に引き下げています(出典:資料6)。
そして、その高値札の多くは、固定費の重さと短い償却期間に起因する蓄電池のものでした。
だからこそ、今回の見直しは蓄電池事業者にとって「稼ぎの天井」を削る変更であり、収支の引き直しだけでなく、償却設計・資本政策・マルチマーケット運用・契約前提の見直しまでを射程に入れるべきだと考えられます。
制度が変わったというより、制度が「高値約定に依存した前提を更新してください」と言ってきた。
10円を一里塚と捉え、7.21円でも崩れない案件をどう作るかまで見据えることが、制度変更に振り回される側から、制度変更を織り込める側に回る条件になると考えています。

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